第4回 医療機関における人的資源管理について考える

2021/02/11
by 将志藤井

特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長

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今回みていくのは、経営学でいうと「組織行動(OrganizationBehavior)」や「人的資源管理(HumanResourceManagement)」といわれる領域である。内容が心理学的なものまで及び、日本的にちょうどピッタリの概念は難しい
が、いわゆる企業の人事部が扱っている領域がこの分野であるといえる。

 

文・藤井将志(特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長)

組織行動と人的資源管理

病院における“人事”と聞いて、どんな仕事をしている部署を想像するだろうか。

多くの病院で人事やそれに該当する部署がやっているのは、勤怠管理や入退職の手続きといった類いの業務にとどまっているのではないだろうか。もしくは、もう少ししっかりしたところでも、教育研修を取りまとめる、もしくは人事考課制度を扱うといったところにとどまっている。

 

本来ならこうした仕事にプラスして、組織が目標達成するために、どのような社内制度を整える必要があるのか、といったことを企画立案し、組織に浸透を図っていくのが人事の役割である。そうした広い意味での人事が扱うべき、組織行動や人的資源管理におけるテーマをみていく。そのなかでも基礎的なことや、医療業界で広く知られているようなことを確認する。

 

職員のモチベーションの上げ方

組織行動の領域においてキーワードとなるのが「モチベーション」や「リーダーシップ」である。

まず、「職員のモチベーションをどうやったら上げられるのか」という問いへの回答はあるのだろうか。これを聞いただけで、“絶対にこれが正解”という方法論がないことは想像に難くない。しかし、組織は人が集まってできている以上、とても重要な課題の1つであることは間違いない。
極論ではあるが、組織の構成員のモチベーションが高ければ、よほどのことがない限り会社経営はうまくいくだろう。この領域で有名な理論といえば、「マズローの欲求5段階説」や「マクレガーのX理論Y理論」などである。

1)マズローの欲求5段階説

マズローの欲求5段階説とは、人間の欲求は図1のように5段階のピラミッドのように構成されていて、低階層の欲求が満たされると、より高次の階層の欲求を欲するという考え方である。

経営においては、生活を営むうえで必要な給与を安定的に提供する、といった最低限のことを達成するのは言うまでもない。

さらに、職員同士がギクシャクした関係ではなく、安心して仕事に取り組める人間関係が構築できているか(社会的欲求)。さらに、会社や上司から認められているという思いを感じられる環境が常にあるか(尊厳欲求)。ここまでくると、できていない組織もあるのではないだろうか。これらの欲求が満たされないと、さらに上位の欲求である、自らの能力を開発して成長を目指すような段階(自己実現欲求)には至らない、とされている。組織の方針で「自分で目標を見つけて頑張れ」と打ち出しても、人間関係が不快な組織では、「そんなこと考えていられない」ということになる。

2)マクレガーのX理論Y理論

マクレガーのX理論Y理論というのは、「人間は生来怠け者で、強制されたり命令されなければ仕事をしない」とするX理論と、「生まれながらに嫌いということはなく、条件次第で責任を受け入れ、自ら進んで責任を取ろうとする」Y理論とがあるとしている。

X理論においては、命令や強制で管理し、目標が達成できなければ処罰といった「アメとムチ」によるマネジメント手法となる。Y理論においては、魅力ある目標と責任を与え続けることによって従業員を動かしていく、「機会を与える」マネジメント手法となる。低次欲求が十分満たされているような現代においては、Y理論に基づいた管理方法の必要性が高いとされるが、状況や経営者の考え方に応じて選ぶ手法は異なってくる。

これら2つの理論は一例であるが、こうした個人の特性や、こうした特性を持ち合わせた個人が集まってできる組織が、どのような集団行動をとっていくのか、ということを考えていくことになる。

 

この記事の掲載号

『Medical Communication』2019年冬号

 

リーダーシップは研修で培われるか? 〜コーチングの活用

もうひとつ、リーダーシップという言葉もよく使われる。これも理論や学問で解き明かすのは非常に難しく、絶対なる正解があるとはいえない。世界的に有名なリーダーといわれる人の名前を挙げたとしても、全員が同じタイプのリーダーとは限らない。

リーダーに必要な能力や要素は何か、と問われても唯一無二の答えはなく、真逆な能力さえも導き出される。また、そうしてリーダーの要素がわかったとしても、リーダーシップをどうやって身につけさせるのか、ということはさらに難しい。よくあるリーダーシップ研修を受講すれば、望ましいリーダーになれるのかといったら、必ずしもそうではないだろう。

こうしたことを前提にしたうえで知っておきたい概念としては、「コーチング」が挙げられる。コーチングとは、対話を通して相手が目標達成するプロセスを支援する技術である。コーチの質問に答える過程で相手が自ら考え、必要な気づきを得て、目標達成に向けて自主的に行動する状態へと促すことを目指す。医療の分野でも、患者さんの行動変容を起こすためにはコーチング的なアプローチが必要ともいわれている。

会社は組織なのだから上のいう指示は正しく、部下は指示通りに動けばいい、という考え方のほうが楽で、コーチング的なかかわり方は手間がかかる。「俺の背中を見て学べ」といった職人肌のような教え方で、未だにうまくいっている組織も存在する。しかし、現在はスポーツや学校教育など多くの分野でコーチング的なアプローチが実施されており、概念としては知っておいたほうが望ましい。

医療の世界においてはどうしても医師を筆頭にした階層社会になりがちである。それが悪いわけではなく、その弊害を意図的に防ぐためにもコーチングの技術を習得することはひとつの選択肢であろう。

 

研修は“本当に”役立っているか?

リーダーシップに限らず、院内研修が人事の仕事になっているところもあるだろう。この研修についても当たり前のように行われているが、効果があるかどうか考えた方がいい。

一個人として振り返ると、何か立派な研修に参加して、いい情報を得て満足し帰途につく。そのときはモチベーションも高いが、翌日仕事場に出勤する頃には気持ちの高ぶりもなくなり、いつもの通りの日常が繰り広げられる。昨日の研修でいい事を学んだはずなのに、実際の現場に活かすまでには至らない。

このような経験をしたことがある人は少なくないだろう。挙げ句の果てには、研修は忙しい毎日から離れた休息の機会になってしまっている人もいる。Eラーニングの仕組みを導入し、いつでも自宅でも学べる環境を作っても、一向に使用頻度が上がらない、という話も聞く。こうした企業研修についても、資源投下するほとんどの研修で効果は出ておらず、コンサル会社や研修会社を肥やしているだけという報告もある。

そもそも、「学ぶ」という行為は実行を伴わないと身につかないはずである。それを単に座学で聞いているだけで、新しいことができるようになるわけがない。医師や看護師をはじめ、医療の国家資格で現場のトレーニングがない資格はない。このあたりの考え方もビジネス界で広がりつつあり、単なる研修ではなく、研修内容を持ち帰って自分の組織で実行し、そのフィードバックを受けてさらに改善していく、という形式の研修でないと技能は身につかないことがわかっている。こんな面倒なことまでしないと、本当に効果が出る研修にはならない。院内でいろいろな研修を開いたり、院外研修に行って満足しているところは、その次の段階を考えた方がいいだろう。

筆者がおススメしているのは各種学会での発表である。口演でもポスターでも、何かしら発表するためには実行が必要である。同業者の実行の結果も聞けるし、まさに知恵の宝庫である。

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著者

将志藤井 氏

特定医療法人谷田会 谷田病院 事務部長

2006年に早稲田大学政治経済学部を卒業。病院向け経営コンサルティング会社である(株)アイテック、(株)MMオフィスを経て、2012年度から沖縄県立中部病院・経営アドバイザーとして(NPO法人病院経営支援機構所属)病院経営支援を行い、診療報酬を駆使した収益増、医療機器等の費用削減、業務効率化に携わる。2015年度から特定医療法人谷田会・谷田病院(熊本県甲佐町)の事務部長に着任、2017年度から熊本保健科学大学の非常勤講師(看護管理)も務める。大東文化大学の非常勤講師(病院経営)も歴任、内閣府主催の国際交流事業や米国国務省主催のIVLPプログラムにも招聘される。2013年に執筆した論文「日本医療再生の具体的提言」は神奈川県保険医協会から表彰される。


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